介護士の日常

ご利用者のよくある悩みと職員の現実を綴ります

隣に座ると抱きついてくるおばあちゃん

今日もいつものように、利用者さんたちの様子を見ながらフロアを回っていた。

少し落ち着いた時間に、あるおばあちゃんの隣に座ったんだけど、私が座った瞬間に、すぐ腕を伸ばしてきて、抱きついてきた。

「離さないからね!」

って言いながら、まるで家族に会えたみたいに嬉しそうな顔をしてくれる。

正直、最初はちょっとびっくりした。
でも今では、そのおばあちゃんにとっての安心する合図みたいなものなのかなって思ってる。

 

抱きついてくる力はそんなに強くないんだけど、気持ちはすごく伝わってくる。
寂しかったのか
誰かにそばにいてほしかったのか
そんなふうに思うと、なんだか胸がきゅっとなる。

 

介護の仕事って、食事介助とか排泄介助とか入浴介助とか、やることは本当にたくさんある。
でも、こういう何気ない時間もすごく大事なんだよね。

 

ただ隣に座るだけ。
手を握るだけ。
少し話を聞くだけ。

それだけで安心してくれる人がいる。

 

もちろん仕事中だから、ずっとそばにいることはできない。
他の利用者さんの対応もあるし、記録もしなきゃいけないし、時間に追われることも多い。

それでも、そのおばあちゃんがぎゅっと抱きついてきたときは、少しだけ時間を止めたくなる。

 

「まだ帰らないよ」

そう声をかけると、にこっと笑ってくれる。

その笑顔を見ると、今日も頑張ってよかったなって思う。

介護の現場には、大変なこともたくさんある。
でも、こんなふうに人のぬくもりを感じる瞬間もある。

隣に座っただけで、こんなに喜んでくれる人がいる。
それって、すごく幸せなことなのかもしれない。

今日もそのおばあちゃんに、ちょっと心をあたためてもらった一日だった。

今日はちょっと笑えた一日だった

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今日は、なんだか朝からにぎやかな一日だった。

出勤してすぐ、いつものように利用者さんに「おはようございます」って声をかけたら、ある利用者さんが真顔で、

 

「今日はデートか?」

って聞いてきたの。

 

いやいや、普通に仕事ですけど?って思いながらも、思わず笑っちゃった。

「デートじゃないですよ〜。今日もAさんに会いに来ました」

って返したら、

 

「じゃあ、おれとのデートやな」

って言われて、周りにいた職員も利用者さんもみんな笑ってた。

 

こういう何気ない会話って、介護の現場ではけっこう大事だなって思う。

もちろん、仕事中はやることがたくさんある。


食事介助、排泄介助、入浴介助、記録、見守り……気づいたら一日が終わってることも多い。

 

でも、その中でふと笑える瞬間があると、空気がちょっと軽くなるんだよね。

今日も忙しかったけど、利用者さんの一言に救われた感じがした。

 

介護の仕事って、大変なことばかり注目されがちだけど、実は笑えることもたくさんある。
利用者さんの冗談だったり、かわいい勘違いだったり、思わずツッコミたくなる言葉だったり。

そういう小さな出来事があるから、毎日同じようで同じじゃないんだと思う。

 

今日も疲れたけど、最後に思い出すのは大変だったことより、あの「デートか?」の一言。

 

なんか、こういう日も悪くないなって思った。

明日もきっといろいろあるけど、また笑える瞬間があったらいいな。

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「小さなありがとう」

今日は朝からちょっとバタバタした一日だった。

 

救搬があって心も落ち着かなかった。

 

出勤してすぐに、利用者さんの朝の準備をお手伝いして、食事介助して、トイレ誘導して……って、気づいたらもう午前中が終わりそうになってた。介護の仕事って、本当に時間があっという間に過ぎるよね。

 

今日ちょっと印象に残ったのは、いつもあまり話さない利用者さんが、帰り際に小さな声で「ありがとうね」って言ってくれたこと。

 

正直、そのとき私は少し疲れてたんだよね。
朝から何回も呼ばれて、予定通りに進まないこともあって、「今日はなかなか大変だなあ」って思ってた。

 

でも、その一言を聞いた瞬間、なんか心がふわっと軽くなった。

介護士の仕事って、体力も使うし、気も使うし、楽な仕事ではないと思う。思うようにいかない日もあるし、こちらの気持ちが追いつかない日もある。

 

でも、こういう何気ない一言があるから、また明日も頑張ろうって思えるんだよね。

もちろん、「ありがとう」って言われるために仕事をしてるわけじゃない。
でも、やっぱり嬉しいものは嬉しい。

 

介護の現場って、毎日が同じようで、実は全然同じじゃない。
利用者さんの表情も、体調も、言葉も、その日によって少しずつ違う。

だからこそ大変だし、だからこそ面白いのかもしれない。

 

今日も一日お疲れさま。
明日も無理しすぎず、自分のことも大事にしながら頑張ろうね。

 

介護職の夜勤は大変

 

介護士として働き始めた頃、夜勤は正直かなりきつかったです。
今でこそ慣れましたが、最初の頃は眠気、怖さ、暇さ、そして朝の起床介助に何度も苦しみました。

私が働いている施設では、夜勤は1人で24人を見ます。
業務内容はざっくり言うと、おむつ交換、トイレ介助、起床介助です。
こうして書くとシンプルに見えるかもしれませんが、実際にやってみると、夜勤ならではのしんどさがあります。

この記事では、24人を1人で見る夜勤の中で、私が最初につまずいたことと、今だから思うことを書いてみます。
これから夜勤に入る人や、夜勤がしんどいと感じている人に少しでも伝わればうれしいです。

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私の働く施設の夜勤は一人勤務

私の働いている施設では、夜勤は1人で24人を見ています。
夜勤中の業務は、主におむつ交換、トイレ介助、起床介助です。

日中のように職員が何人もいるわけではないので、夜は基本的に自分ひとりで動きます。
もちろん、やること自体は毎回大きく変わるわけではありません。
でも、人が少ない夜だからこそ、最初のうちは独特のしんどさがありました。

最初は眠気にあらがえない

夜勤を始めたばかりの頃、いちばん大変だったのは眠気です。
とにかく夜の活動に体が慣れませんでした。

昼間に働くのとは全然違って、夜中に起きて動き続けるのは思っていた以上にきつかったです。
眠いのを我慢しながら仕事をするのは、体力というより生活リズムそのものとの戦いでした。

実は、最初の頃に居眠りしてしまったことがあります。
しかも、早番の職員が来てから起床介助を始めたことがあって、施設では初めてのことだったらしく、しっかり笑いものになりました。
今では笑い話みたいに書けますが、当時はかなり恥ずかしかったです。

でも、あの頃を思い返すと、それだけ夜勤に体が慣れていなかったんだと思います。
最初の眠気は、本当に甘く見ないほうがいいと感じました。

お化けが怖かった

眠気の次にしんどかったのは、1人で夜勤をすることへの怖さです。
今はだいぶ慣れましたが、最初の頃は夜の施設に1人でいること自体が怖いと感じる時期がありました。

静かな廊下、暗い時間帯、いつコールが鳴るかわからない感じ。
しかも、何かあってもその場では自分が動かなければいけないので、最初のうちはずっと気を張っていました。

日中なら誰かにすぐ聞けることも、夜はまず自分で判断しないといけません。
その緊張感が、慣れるまではかなり大きかったです。

夜勤のしんどさは、眠気や体力だけじゃないんだなと、この時期によく思っていました。

頭を使わないから暇

夜勤は忙しそうに見えるかもしれませんが、時間帯によっては意外と単調です。
私の場合、夜中はおむつ交換くらいしかすることがなくて、あまり頭を使わない時間がありました。

これが最初は意外としんどかったです。
体を動かしてはいるけれど、頭はそこまで使わない。
静かで単調な時間が続くと、眠気も強くなりやすいですし、時間が長く感じました。

忙しすぎるのもしんどいですが、単調で暇な時間が続くのも、夜勤では独特のつらさがあります。
夜中の仕事は派手ではないけれど、集中力を保つのが難しい時間でもあると思います。

起床介助

今の夜勤でいちばん大変だと感じるのは、起床介助です。
夜中の業務より、朝の動き出しの時間帯のほうがよほど大変だと感じています。

私の夜勤では、朝になると12人を起こして、そのうち7人をトイレ誘導します。
これをだいたい1時間くらいで終わらせなければいけません。

これがなかなか大変です。
ただ起こせばいいわけではなく、それぞれのペースもありますし、トイレ誘導も重なります。
一人ひとりに声をかけながら、安全に動いてもらいながら、時間も見なければいけません。

夜勤というと夜中の対応が大変そうに思われやすいですが、私にとっては朝の起床介助がいちばんきついです。
夜勤の最後に、いちばん忙しい時間が来る感じです。

いずれ慣れます

ここまで大変だったことを書いてきましたが、今思うのは、夜勤はやっていたら慣れるということです。
もちろん、最初から楽になるわけではありません。
でも、眠気への対処も、夜の空気への慣れも、朝の動き方も、続けていく中で少しずつつかめてきます。

最初は本当にしんどいです。
眠いし、怖いし、暇だし、朝はバタバタです。
でも、続けるうちに、自分なりのリズムや動き方ができてきます。

夜勤がつらいと感じている人に伝えたいのは、今しんどいのはあなただけじゃないということです。
慣れるまでは誰でもきついし、最初からうまくできる人ばかりではありません。

まとめ

私が夜勤で最初につまずいたのは、まず眠気でした。
夜の活動に慣れず、居眠りしてしまったこともあります。
次にしんどかったのは、1人で夜勤をする怖さでした。
さらに、夜中の単調な時間は意外と暇で、それもしんどさのひとつでした。

そして今、いちばん大変だと感じているのは起床介助です。
12人を起こして7人をトイレ誘導する朝の1時間は、夜勤の中でもかなりハードです。

それでも、夜勤はやっていたら少しずつ慣れていきます。
最初はつまずいて当たり前だし、しんどいと感じるのも普通のことです。
今夜勤で苦しんでいる人がいたら、まずは自分だけじゃないと思ってもらえたらうれしいです。

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特養に入ったあと家族が後悔しやすいこと。現役介護士目線でお伝えします

 

特養に入所したあと、ご家族がほっとする場面はたくさんあります。
夜の介護から少し離れられた。
転倒の不安が減った。
食事や排泄の介助を一人で抱え込まなくてよくなった。
そうした安心は、決して小さなものではありません。

でもその一方で、入所したあとに別の形の後悔が出てくることもあります。
もっとこうしておけばよかった。
あのとき違う伝え方をすればよかった。
入る前にもう少し確認しておけばよかった。
こうした気持ちは、実際によくあるものです。

後悔というと、入所そのものが間違いだったように感じるかもしれません。
でも実際には、入所が悪かったというより、入所後に初めて見えてくることがあるのだと思います。

この記事では、特養に入ったあと家族が後悔しやすいことを、現場でよく感じる順にわかりやすくお伝えします。

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もっと早く情報を集めればよかった

入所後に多い後悔のひとつが、もっと早く動いておけばよかったというものです。
本当に大変になってから特養を探し始めたご家族ほど、この気持ちを持ちやすいです。

限界に近い状態で施設を探すと、気持ちにも時間にも余裕がありません。
見学も十分にできないまま決めたり、比較する余裕がなかったりします。
そのため、入所後にこういうところも見ておけばよかった、他の施設も見ておけばよかったと感じやすくなります。

特養は、困ってから考える場所というより、少し気になり始めた時点で情報を集めておくほうが後悔しにくいです。
入所後にこの後悔が出るのは、それだけ家族がぎりぎりまで頑張っていた証拠でもあります。

 

入所を考え始めるタイミングについての記事はこちら

もっと違う伝え方ができたのではないか

入所後に本人が不安そうだったり、帰りたいと言ったりすると、ご家族は本人への伝え方を振り返って苦しくなりやすいです。
もう少しやわらかく伝えればよかった。
急に決まりすぎたかもしれない。
納得していないまま連れてきてしまったのではないか。
そう思う方は少なくありません。

特に、入所当日の別れ方や、最初の数日の不安定な様子は、家族の心に残りやすいです。
ただ、ここで知っておいてほしいのは、入所直後に気持ちが揺れるのは珍しいことではないということです。

どれだけ丁寧に伝えても、新しい環境に入れば不安は出やすいです。
だから、後悔のすべてを伝え方のせいにしすぎなくて大丈夫です。
それでも、本人への伝え方は家族の中でずっと残りやすい後悔のひとつです。

 

以下の記事で私が考える本人への伝え方をまとめています。

家族しか知らない情報をもっと伝えればよかった

入所後に本人が落ち着かなかったり、思ったよりなじめなかったりすると、家族は後から気づくことがあります。
この人はこういう言い方だと安心する。
急がされるのが苦手。
朝はもともとゆっくり。
昔の仕事の話をすると表情が変わる。
そういうことをもっと伝えておけばよかったと感じやすいです。

書類に書く情報だけでは、その人らしさまでは伝わりません。
現場では、性格、生活リズム、不安の出方、好きな話題、苦手なことといった情報がかなり役立ちます。
でも家族にとっては当たり前すぎて、入所時には出てこないことも多いです。

入所後に、今からでも伝えればよかったと思うことは珍しくありません。
これは失敗というより、実際に生活が始まって初めて、必要な情報が見えてくるからだと思います。

施設に期待しすぎていた

入所前は、施設に入ればかなり安心できると思っているご家族も多いです。
もちろん、介護の負担が軽くなるのは大きなことです。
ただ、入所したからといって、本人の不安や寂しさがすぐになくなるわけではありません。

帰りたいと言うこともあります。
家にいた頃とまったく同じようにはいきません。
職員がいても、家族にしか出せない安心感があることもあります。

そのため、入所後にこんなはずじゃなかったと感じることがあります。
これは施設が悪いというより、特養にできることとできないことの境目が見えていなかったときに起こりやすいです。

特養は生活を支える場所ですが、家そのものではありません。
この現実に入所後に気づき、後悔という形で残ることがあります。

身内との情報共有

入所後に出やすい後悔の中には、家族同士の共有不足もあります。
兄弟姉妹で気持ちがそろっていなかった。
主に動いた人だけが抱え込んでいた。
あとから、もっとこうしてほしかったと言われた。
こうしたことは珍しくありません。

入所前は目の前の対応で精一杯になりやすく、家族同士の話し合いが後回しになることがあります。
でも入所後は、面会、持ち物、看取りの考え方、施設との関わり方など、家族で共有しておいたほうがいいことがたくさん出てきます。

そのため、もっと早く話し合っておけばよかったと感じることがあります。
本人だけでなく、家族の足並みも入所後の後悔につながりやすい部分です。

家族としてのかかわり方の変化

在宅介護をしてきた家族ほど、入所後の自分の立ち位置に迷いやすいです。
今まで毎日介護していたのに、急に何をすればいいのかわからなくなることがあります。

施設に任せていいのか。
もっと自分がやるべきなのか。
面会では何をすればいいのか。
職員にどこまで伝えていいのか。
この戸惑いが、そのまま後悔につながることがあります。

もっと関わればよかった。
逆に口を出しすぎたかもしれない。
そんなふうに、入所後の家族の役割は意外と揺れやすいです。

特養に入所すると、介護の形が変わります。
それは楽になることでもありますが、家族としての関わり方を作り直す時期でもあります。

自分を責め続けていた

ご家族の中には、入所後ずっと自分を責め続けてしまう方がいます。
もっと家で見られたかもしれない。
もっと優しくできたかもしれない。
もっと遅くてもよかったかもしれない。
こうした思いを抱え続けることがあります。

でも、時間がたってから振り返ると、あのときの自分たちにはあれが精一杯だったと気づく方もいます。
在宅介護の限界、安全面の不安、家族の体力や生活の事情。そうした現実があったはずです。

後悔しない選択をするのは、とても難しいです。
だからこそ、あとからいちばんつらくなるのは、入所したことそのものより、自分を責め続けた時間だったと話すご家族もいます。

まとめ

特養に入ったあと家族が後悔しやすいのは、もっと早く情報を集めればよかったということ、本人への伝え方、家族しか知らない情報を伝えきれなかったこと、面会のしかた、施設への期待の持ち方、家族同士の共有不足、持ち物の準備、そして自分を責め続けてしまうことです。

どれも、入所したこと自体が間違いだったというより、実際に生活が始まってから見えてくることばかりです。
だからこそ、後悔があること自体を失敗だと思わなくて大丈夫です。

現役介護士として感じるのは、ご家族は後悔しやすいからこそ、本人のことを本気で考えているということです。
大切なのは、後悔をまったくなくすことではなく、あとから一緒に整理できること、そしてこれからの関わり方に少しずつつなげていくことだと思います。

 

 

看取りまで考えるとき、家族が知っておきたいこと。現役介護士目線でお伝えします

 

特養での暮らしを考える中で、いつか看取りのことまで考えなければいけないのかもしれない、と感じるご家族は多いと思います。
でも、この話題は重くて、何から考えればいいのかわからなくなりやすいです。

まだ早い気がする。
今その話をするのはつらい。
本人にどう向き合えばいいのかわからない。
そう感じるのはとても自然です。

この記事では、特養での看取りまで考えるときに、家族が事前に知っておきたいことを、できるだけ落ち着いた形で整理してお伝えします。
今すぐ結論を出すためではなく、迷ったときに考える順番を持つための記事として読んでいただけたらと思います。

看取りは最後の数日だけの話ではない

看取りという言葉を聞くと、亡くなる直前の数日だけを思い浮かべる方も多いと思います。
でも実際には、本人が何を大切にしたいか、どこでどのように過ごしたいか、医療やケアをどこまで望むかを、少し前から考え、話し合っておくことが大切です。

話し合いは一度で終わるものではなく、心身の状態に応じて繰り返すことが重要とされています。

家族が知っておきたいのは、看取りを考えることは、もう終わりの話をすることではないということです。
むしろ、本人のこれからの過ごし方を、本人らしさを中心に考えるための準備に近いものだと思います。

本人が何を大事にしたいか

本人が自分の言葉で意思を伝えられなくなる可能性もあるため、早い段階から、本人が大切にしたいことや望む生き方を家族や信頼できる人と共有しておくことが大切です。

ここで大事なのは、いきなり延命をどうするかという難しい話から入らなくていいことです。
苦しくないことを大事にしたいのか。
なるべく住み慣れた場所で過ごしたいのか。
家族と一緒の時間を大切にしたいのか。
そうした価値観の話から始めるだけでも十分意味があります。

本人の意思が確認しにくくなる前に家族に共有しておく

家族として知っておきたいのは、いざ急変してから誰がどう決めるかで慌てないようにしておくことです。
兄弟姉妹で気持ちが分かれてしまうこともありますし、本人の思いが共有されていないと、その場のつらさだけで判断しなければならなくなることがあります。
だからこそ、少し元気なうちから、本人の思いを家族の中で共有しておくことが大切です。

特養での見取りはどの施設でも同じではない

特養は生活の場ですが、看取りへの取り組みは施設ごとに差があります。

つまり、看取りまで考えるなら、その特養が看取りをどう考えているかを必ず確認したほうがいいです。
同じ特養でも、できるだけ施設内で支えたいところもあれば、急変時は早めの搬送を基本にしているところもあります。
ここが曖昧なままだと、家族の思いと施設の対応がずれてしまいやすいです。

看取りを選ぶことは見捨てることではない

医療・ケアチームが、可能な限り疼痛やその他の不快な症状を十分に緩和し、本人だけでなく家族への精神的・社会的援助も含めた総合的な医療・ケアを行うことが必要です。
つまり、看取りは治療をやめるだけの話ではなく、苦痛を和らげ、本人がその人らしく過ごせるよう支えるケアでもあります。

家族が知っておきたいのは、看取りに向かう話し合いは、見捨てる話ではないということです。
むしろ、本人にとって何がいちばん大切かを考えながら、苦しさや不安を減らしていくためのケアをどう支えるか、という視点が大事になります。

家族が迷いやすいことも前もって話しておく

看取りが近づくと、家族はその場で多くの判断を迫られたように感じやすいです。

だからこそ、まだ落ち着いて話せるうちに、家族の中でも
何をいちばん大事にしたいのか
本人の思いをどう支えたいのか
迷ったときは誰が窓口になるのか
を話しておくと、その場の後悔が少なくなります。

家族の不安や辛さも相談していい

看取りを考える時期は、本人の状態だけでなく、家族の不安や迷いも大きくなりやすい時期です。

家族は、こんなことを聞いていいのかなと思ってしまいがちですが、
どのくらい呼吸や食事の変化がありそうか
連絡はいつ来るのか
自分たちはどう関わればいいのか
本人は苦しくないのか
そうした不安は、遠慮せず施設や医師、看護職に相談していいと思います。
看取りは家族だけで抱えるものではなく、チームで支えるものです。

正解を急がなくて大丈夫

ACP、つまり人生会議は、一度決めたら終わりではなく、繰り返し話し合うことが前提とされています。
心身の状態に応じて意思は変化しうるため、話し合いを重ね、その都度共有することが大切だと厚生労働省は示しています。

なので、家族が最初から完璧な答えを持っていなくても大丈夫です。
むしろ大事なのは、本人の思いを軸にして、施設や医療・ケアチームと少しずつ確認を重ねていくことです。
一回の話し合いで全部を決めようとしないほうが、かえって現実に合った支え方を選びやすいです。

まとめ

看取りまで考えるとき、家族が知っておきたいのは、まず本人の思いをできるだけ早いうちに確認し、家族や医療・ケアチームで共有しておくことです。
人生の最終段階の医療・ケアは、本人の意思決定を基本にしながら、繰り返し話し合い、共有していくことが大切だと厚生労働省は示しています。

また、特養での看取りは施設ごとに体制が違うため、看取りの方針、医師や看護職との連携、夜間対応、家族への連絡の流れなどを事前に確認しておくことが重要です。
令和6年度改定でも、協力医療機関との連携強化が進められており、家族にとっても「どこまで支えられる体制なのか」を知る意味は大きいです。

現役介護士として感じるのは、看取りを考えることは、つらい結論を急ぐことではなく、本人が大切にしたいことを見失わないための準備だということです。
まだ早いかもしれないと思う時期でも、少しずつ話し合いを始めておくことが、本人にとっても家族にとっても支えになると思います。

 

面会で何を話せばいいかわからない家族へ。

面会に行くたびに、何を話せばいいのかわからなくなる。
そんなふうに感じているご家族はとても多いです。

久しぶりに会うから、ちゃんと話さなきゃと思う。
でも、いざ顔を見ると何を言えばいいのかわからない。
会話が続かないと、来た意味があったのかなと不安になる。
こういう悩みは本当によくあります。

特に、認知症があったり、反応が少なくなっていたりすると、なおさら難しく感じやすいです。
前みたいに自然に話せないことが、家族にとってつらくなることもあります。

でも、面会は上手に会話をする時間でなくても大丈夫です。
この記事では、面会で何を話せばいいかわからないご家族に向けて、会話の考え方と話しやすい内容を、現役介護士の目線でわかりやすくお伝えします。

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たくさん話せなくても大丈夫

面会というと、楽しい会話をたくさんしなければいけないように感じる方もいます。
でも実際には、長く話せることより、本人が落ち着いて過ごせることのほうが大切です。

何を話そうかと焦ると、家族のほうが緊張してしまいます。
その緊張は、本人にも伝わりやすいです。
すると、ますます会話がぎこちなくなってしまうことがあります。

現場で見ていても、会話が多い面会だけがよい面会ではありません。
少し声をかけて、そばに座って、穏やかな空気で過ごすだけでも、本人の表情がやわらぐことはよくあります。

まずは、話題をたくさん用意するより、沈黙があっても大丈夫と思うことが大事です。

今起きている話

会話のきっかけが思いつかないときは、難しい話をしなくて大丈夫です。
今ここにあることから話し始めると、自然に入りやすいです。

今日はあたたかいね
この服似合っているね
顔色がよく見えて安心したよ
お昼ごはんはどうだった
ここにお花があるね

こうした、目の前のことをそのまま言葉にするだけでも会話の入口になります。
大事なのは、正解の話題を探すことではなく、話しかけやすい一言を出すことです。

面会で苦しくなりやすいのは、意味のある話をしなければと思いすぎることです。

昔の話

会話に困ったとき、役立ちやすいのが昔の話です。
特に高齢の方や認知症のある方では、最近の出来事より、昔の記憶のほうが話しやすいことがあります。

昔の家のこと
仕事のこと
よく作っていた料理のこと
子どもが小さかった頃のこと
旅行や親戚の集まりのこと

こうした話題は、答えようとしなくても、聞いているだけで落ち着く方もいます。
会話を成立させることより、その人がなじみのある世界に少し戻れることのほうが大きいことがあります。

ここで気をつけたいのは、覚えてると何度も試すように聞かないことです。
思い出せるかを確認する形になると、本人がしんどくなることがあります。
こんなことがあったよね、と一緒にたどるような話し方のほうがやわらかくなります。

認知症のある方でも昔の話をよく覚えているご利用者はたくさんいます。

質問ばかりしない

何を話せばいいかわからないと、つい質問ばかりになってしまうことがあります。
元気
ごはん食べた
眠れてる
覚えてる
こうした聞き方です。

もちろん悪いわけではありません。
認知症がある方や、言葉が出にくい方には負担になることもあります。

そのため、質問よりも、こちらから少し話してみるほうが会話がやわらかくなることがあります。
今日は来る途中でこんな花が咲いていたよ
家ではこんなことがあったよ
この前の写真を持ってきたよ
こんな話し方です。

答えを求めすぎない会話のほうが、面会では続きやすいことがあります。

写真や持ち物があると話しやすい

面会で毎回何を話すか悩む方には、写真や小さな持ち物がかなり助けになります。
話題を一から作らなくても、目の前にあるものが会話のきっかけになるからです。

家族の写真
昔の家の写真
季節の景色の写真
孫の写真
好きだった食べ物や趣味につながる物

こうしたものがあると、話題がふわっと広がりやすいです。
言葉だけよりも、見ながら話せるほうが、本人も反応しやすいことがあります。

特に、会話が途切れるのが怖い方にはおすすめです。
物がひとつあるだけで、話題を持たせなければという負担が少し軽くなります。

反応が薄くても無意味ではない

面会でつらくなりやすいのは、本人の反応が少ないときです。
うなずきも少ない。
会話も続かない。
表情もあまり変わらない。
そうなると、話しかけても意味がないのかなと感じてしまうことがあります。

でも、反応が少ないことと、伝わっていないことは同じではありません。
本人の中では聞いていて、安心していることもあります。
表に出る反応だけでは測れないことが多いです。

現場でも、面会中はあまり変わらなく見えていても、家族が帰ったあとに少し落ち着いていたり、表情がやわらいでいたりすることがあります。
だから、反応の薄さだけで、うまくいかなかったと決めなくて大丈夫です。

こんな話題は入りやすい

面会で使いやすい話題を、会話のきっかけとしてまとめるとこうなります。

季節のこと
今日の天気
部屋の中にあるもの
服や髪型
食事やおやつ
昔の仕事や家のこと
家族の近況
写真の話
好きだった食べ物や行事

どれも、深い話でなくて大丈夫です。
少し言葉が続けば十分ですし、本人が聞いているだけでもかまいません。
大事なのは、答えやすいかどうかより、安心して聞けるかどうかです。

話せない日があっても、それでいい

毎回うまく話せるわけではありません。
家族にも調子がありますし、本人にもその日の体調や気分があります。
今日は全然話せなかった、と落ち込む日もあると思います。

でも、話せない日があること自体は自然なことです。
その一回で、面会の意味がなくなるわけではありません。
来てくれたこと、顔を見せてくれたこと、その場に一緒にいたこと自体に意味があります。

面会は、毎回何かを残さなければいけない時間ではありません。
うまく話せない日も含めて、関わりを続けていくことが大切だと思います。

気持ちが楽になる一言

最後に、面会で困ったときに使いやすい一言を置いておきます。

来たよ
今日は顔を見に来たよ
会えてよかったよ
寒くない
ゆっくりしてる
また来るね
無理しなくて大丈夫だよ

こうした短い言葉でも十分です。
長い会話にならなくても、安心感は伝わることがあります。
何を話せばいいかわからないときほど、短くてやわらかい言葉が役立ちます。

まとめ

面会で何を話せばいいかわからないのは、珍しいことではありません。
むしろ、大切に思っているからこそ、ちゃんと話したいと悩むのだと思います。

でも、面会は会話の上手さを見せる時間ではありません。
たくさん話せなくても大丈夫です。
沈黙があっても大丈夫です。
今ここにあることを話すだけでも、昔の話を少しするだけでも、写真を見ながら一緒に過ごすだけでも十分です。

現役介護士として感じるのは、面会で大切なのは、うまく話すことではなく、安心できる空気を一緒につくることだということです。
何を話せばいいかわからない日があっても、会いに来てくれることそのものに意味があります。
だから、うまく話せるかより、無理なく会いに行けることを大切にしていいと思います。